「世界の図書館15選」にも選ばれた、まちとしょテラソ
おしゃべり禁止。飲食もだめ。本を静かに読むか、勉強するためだけの場所。
もしもあなたが、図書館に対してそんなイメージを持っているとしたら、小布施町の図書館に行くとちょっとびっくりするかもしれません。
「まちとしょテラソ」は、談笑も飲食もOK。建物はどこか北欧を思わせる木の温もりと、白を貴重にしたスタイリッシュなデザイン。陽の光が優しく注ぎ、カフェや公園よりも居心地の良さそうな、身も心も開放される自由な空間です。
テラソは日本を代表する建築家・古谷誠章氏によって設計され、トリップアドバイザー「死ぬまでに行ってみたい世界の図書館15」に選出されるなど、国内外からの注目度も高い施設。
ただ、小布施町の図書館は元々は町役場の3階にあった古い図書館で不便な施設でした。そんな中、2009年に「図書館を新しくして欲しい」という、かねてからの住民からの声を受け、「交流と創造を楽しむ・文化の拠点」としてつくられたのが、このテラソです。
ワークショップを何度も行い、館内や窓のデザインなどにも町民の声が反映されるなど、行政と住民の共創によってつくられました。
「物語の交差点」としての図書館を目指して
そんなテラソは歴代の館長もユニーク。これまでに映像作家や編集者など、良い意味で図書館っぽくない人たちばかりが館長に選ばれてきました。
そして2021年、テラソでまたもや図書館長の交代が起こりました。それも今度は史上最年少、27歳という若さの志賀アリカさんを抜擢したのです。前職は戦略コンサルティング会社という、図書館とは全く畑違いのキャリアを歩んできたとか。
そんな志賀さんが図書館長になったとき、抱いていた問題意識がありました。それは、家でも仕事場でも学校でもない、ふらっと寄り道できる第3の居場所が社会から減っているということ。
「いまって、昔の駄菓子屋とかみたいに無目的に立ち寄れる場所ってあまりないように思います。そういう時代に図書館が何をできるだろうって考えたとき、ただ本を読むだけの場所じゃなくって、訪れる人たちのウェルビーイングを高めていけるような場所にしたいって思ったんです。心と体と頭が健康になる、みんなの居場所としての図書館です」
無機質なイメージが強い図書館という場ですが、志賀さんの思い描く図書館像は人の温かみが感じられるエモーショナルな場に思えます。
着任から1年が経とうとしているいま、テラソはどんな図書館になっているのでしょうか?志賀さんが図書館長に応募したときに提出した企画書にはこんな思いをしたためたといいます。
「コンセプトは『物語の交差点としての図書館』です。図書館には、赤ん坊もおじいちゃんも、健常者も、障がいを持つ方も、怒りっぽい人も、穏やかな人も、本当に多様な人が訪れます。本だけが主役なのではなく、そういった一人ひとりの中にある物語が引き出され、混じり合い、発見や共感、感動が生まれる場にしたいと思ったんです」
本に着目するのではなく、本や訪れる人の中にある「物語」に着目した志賀さん。「物語の交差点としての図書館」を形にするため、一般的な図書館では見られない、ユニークな企画棚として「BUNMYAKU(文脈)棚」や、「OSHI(推し)棚」という取り組みを始めています。
「ふつう、図書館は『請求記号』と呼ばれるジャンルごとの区分で本が並べられているんですよ。でも、ここではジャンルにとらわれず、共通のテーマや意味の繋がりごとに本をまとめて並べているんです。例えば、世界的な名著『アルケミスト 夢を旅した少年』を『リーダーシップ』、『愛と帰還』、『哲学』などの切り口で捉えて、『ネルソンマンデラ』や『星の王子さま』、『善の研究』などと共に並べたりしています」
ジャンルが全く異なる本たちが、物語という文脈によって共存する。レイアウトのルールを変えただけで、これまでにない本との出会いが演出されています。
「また、『OSHI(推し)棚』とは、本の選書を町民の方々にお願いするコーナーです。ふつう、どんな本を並べるかは図書館員の仕事ですが、この棚では地域の皆さんの好きな本を紹介してもらうことで、人と人の物語が交差する体験を作っています」
利用者の創造性が引き出され、まさに交流と創造が行われる場になっているようです。
ほかにも、著名なゲストを呼んだイベントだけでなく、町民の方々の物語が共有されるような利用者が主役になれる場づくりを企画したり、LGBTQなどの社会的マイノリティへの差別問題も想起されるような新作マンガ『BEASTARS』を館内の目立つ場所に置いてみたり、環境先進地域を目指す小布施町らしい、環境政策にまつわる本を並べてみたり。
図書館の「ふつう」を捉え直し、物語で本と人、人と人、人と地域がつながる場をつくっています。
応募のきっかけはコンサルタント時代に感じた、ある違和感
ユニークな取り組みに次々と取り組む志賀さんが「物語が交差する図書館」を目指すようになった背景には、前職のコンサルタントという仕事で感じていた、ある違和感があったといいます。
「もともと働いていた戦略コンサルでは、組織開発や人材育成を通して、人の変容をサポートする仕事をしていました。そこでは、人をいかにより良い状態に変え、経営を改善できるかを緻密に設計することが大事でした」
「成長や変化が大切とされる社会でしたし、それは確かに重要なのですが、コロナをきっかけに、ずっと背伸びをしているような感覚に陥ったんです。もうみんな頑張りすぎなくらい頑張っているのに、それでも頑張ろうとする姿に『苦しい!』と思うようになりました」
人にひたすらの成長や前進を求める、いまの社会のあり方に難しさを感じるようになった志賀さん。そんなとき、心を動かされたのが宮沢賢治の短編詩「雨ニモマケズ」でした。
「読んだ瞬間、なぜか泣けてきたんです。理屈じゃなくって感情が先にきて。変わろうなんて思っていないのに、物語に触れることで自然と感情が変わっていくのを感じました」
「変容」を許容してくれる場にしたい
そうしてコンサルから図書館長へと、大きなキャリアチェンジを果たした志賀さん。けれども、大きな変化に対して、不安に思う気持ちはなかったのでしょうか?
彼女が大きな変容を軽やかにやってのけたのは、お母さんの影響がありました。
「私、小さい頃から『惑えなくなったら、あなたの心は失われているって思いなさい』って母にずっと言われて育ってきて。一つの場所に留まるより、常に揺らぎ続けることを肯定してくれる母の言葉があったから。畑違いのフィールドに飛び込む選択をできたのかもしれません」
かつて、通訳としてグローバルに活躍をしてきた経験もある志賀さんのお母さんは、一貫性や安定を求める世の中とは正反対に、揺らぎ、変容し続けることを応援してくれたといいます。
「だからこそ、このテラソでは、無目的に来れる図書館でありたいです。いろんな人が散歩ついでにふらっと来れて、各々の過ごしたい時間が過ごせるように」
「このテラソ自体、多様な目的を受け入れられる場として当初からデザインされているんです。町のニーズに合わせて変わっていけるように、机や椅子などは全部可動できるようになっていますし、壁は本棚にも絵画を飾れるギャラリーにもなるように設計されています」
場に人が合わせるのではなく、場が人に合わせていく。
なぜなら人も町も本来、常に揺らぎ、変容し続けることでより良くになっていくから。
そんな「揺らぎ」を許容してくれる自由で優しい空間がテラソの一番の魅力かもしれません。
人の人生は、「請求記号」のように理屈で整理できるものではありません。むしろ、矛盾と偶然に満ちていて、SNSで流れてきた募集が志賀さんの人生を大きく変えたように、たった一つの本、人、情報との出会いによって大きく揺らぎ、変容していきます。
「頑張らなきゃ」という義務感で目の前の物事に向き合っているときは、自分自身を「図書記号」の中に閉じ込めてしまっているのかもしれません。自分自身を日々の目的から開放して、無数の物語が溢れる世界に身を投じてみる。そうやって自由になったときに初めて、「明日も頑張ろう」、そう自然と思えるような気がします。
就任からもうすぐ1年を迎える志賀さんは、「ここだからこそできる、小布施らしい図書館のあり方を模索し続けたい」と前を向きます。
「昨年2021年に図書館の庭で小さくヤギを飼ってみたんですが、これがすっごく良くて。夏にまた期間限定でヤギ飼えることになりました!(笑)」
自由な発想とワクワクした表情で、テラソの未来について話してくれる志賀さん。次に訪れたとき、どんな企画が動いていくのか、小布施に遊びに行くときは必ず立ち寄りたい場所になりました。