小布施よもやま話

微生物をめぐらせ、健やかな野菜と町をつくる。 亡き親友の思いを継いだ、元サラリーマン農家・工藤さんの挑戦

小布施町には、500を超える農家がいます。栗、りんご、ぶどう、桃といった果樹から野菜まで。そんな農業の町・小布施町の中でも、とりわけユニークな農家さんがいます。
「OBUSE Meguru Lab.」という、変わった屋号で「微生物農法」というこれまた変わった農法で野菜や果樹栽培に取り組む工藤陽輔(くどうようすけ )さんです。しかも元々はメーカーのサラリーマンで、静岡出身だとか。
そして2021年からは、自分の手で収穫した野菜を使った朝ごはんを畑の中で楽しむ「はたけごはん」なる農業体験企画も始めているといいます。
これまでの枠にはまらない、新しい取り組みに挑戦し続ける工藤さんをご紹介します。

人にも自然にもサステナブルな「微生物農法」とは?

インタビュー冒頭、まず気になったのが「微生物農法」という聞き慣れない農法。いったいどんなものなのでしょうか?

「微生物農法とは、健康に悪影響があるともいわれる化学肥料や農薬など人工物をなるべく使わずに、土の中の微生物を生かしながら野菜を育てる農法のことです」

一般的な農業(慣行栽培)では、化学肥料をもちいて効率的に野菜に栄養を与えたり、農薬を使って虫や野菜を排除する、いわば「管理型農業」。

でも、微生物農法はそういった人工物には頼らず、代わりに生き物である微生物に頼ります。化学肥料や農薬はアレルギーや人体への悪影響が及ぶこともありますが、微生物農法ならその心配を限りなく減らすことができるのだとか。自然の力に委ねた農業です。

「果物は特にたくさんの農薬を使いますが、健康への影響もあると思います。微生物の力を借りることで農薬を使わずとも美味しくて安心な農作物を育てたいという思いでやっています」

工藤陽輔さん 現在「OBUSE Meguru Lab.」という屋号で微生物農法をしている

また、農薬や化学肥料は健康への悪影響だけでなく、畑の「地力」も低下させてしまうといいます。農薬や化学肥料を使ってしまうと、土中の微生物は死んでしまい、結果として土中のミネラル分も減少。事実、化学肥料に頼った農業が広がったこの半世紀で、農作物のミネラル分は大きく減少しているそう。

「土を一掴みすると大体1グラムになるんですが、その中に1億から10億の微生物がいると言われていて、うちの畑の中にもそのくらい住んでいると思います。これが慣行栽培の畑だとかなり少ないんです」

そこで工藤さんは、土の中の環境をととのえて微生物が住みやすい環境になるように土づくりにこだわっています。

たとえば、OBUSE Meguru Lab.では、発酵液「Meguru(めぐる)」という菌液を生産販売中。発酵液「Meguru」は、小布施の大地に住み着いている菌を採集・培養し、それを畑にまくことで畑の中の微生物を活性化させ、栄養価の高い野菜を育てることができます。

農薬や化学肥料を外から与え続けて野菜を育てるのではなく、微生物を活用してその土地本来の力を引き出す微生物農法は、持続可能な農業にも繋がっているのです。

農作物、生ゴミ、微生物を循環させ、町を発酵させる

微生物農法のことはよくわかってきましたが、次に気になるのは、OBUSE Meguru Lab.という名前について。「◯◯ファーム」などはよく聞きますが、変わった名前の背景には何があるのでしょうか?

「あらゆるものの循環をイメージして『Meguru(めぐる)』と名付けました。私は野菜の収穫のことを『旅立ち』と呼んでいるんですが、お客さんに野菜を届けた先に、その野菜が体の中に入って、また自然に還っていくと思っているんです。なので、野菜などの生ゴミを捨てずに、堆肥化してまたうちの畑に還せるような、循環型の農業にも挑戦しています」

工藤さんの循環へのこだわりは、それだけに留まりません。

牧場経営を通じて持続可能な里山づくりに取り組む「小布施牧場」とも連携し、牧場からでた牛糞をいただき、適切に処理して畑に堆肥として還す取り組みも行っています。

さらに、循環のデザインは目に見えない領域まで。

「先ほど、お話しした発酵液『Meguru』を牧場の牛たちの餌にも使ってもらっていて。『Meguru』は小布施の風土に住み着いている菌からつくった発酵液なので、牛たちの腸内環境を整えてくれて、健康で美味しいお乳を出してくれます」

牛の腸内環境が整うことで牧場独特の排泄物の臭いも抑えられるといいます。

「地域内微生物循環」とでも呼べるような、微生物の地産地消を行うことで、豊かで健やかな畑や牛を生育しています。

農作物、生ゴミ、微生物。さまざまな有機物を町内で循環させ、「腐敗」ではなく、「発酵」させている工藤さんは、さながら酒蔵の杜氏のような役割をになっているのかもしれません。

サラリーマンから農業の世界に転身した理由

けれど、そんな工藤さん、実はもともと家が農家でも、微生物や食に気を使うタイプでも、そして小布施出身でもなかったといいます。

今の農業スタイルに至るきっかけには、大学時代の親友・鈴木宏道さんの存在が大きかったそう。

「前職はサラリーマンで、自動車の排ガスを浄化する触媒メーカーで働いていました。当時は食品添加物の入っているものをたくさん食べていたし、お酒もいっぱい飲んで、ジャンクフードもたくさん食べて。ほとんど食に気をつけない生活をしていました(笑)」

「ただ家族の体調不良があり、食生活を見直すことにしたんです。そんなとき、大学時代の親友も、病気をきっかけに『食で健康を』という思いで微生物農法をやり始めたのを知って」

鈴木さんは、大学時代から微生物の研究に取り組み、その研究を生かした農法を実家の小布施町で実践していました。鈴木さんが育てた野菜や果物を工藤さんが口にしたところ、あまりの美味しさに感動したそう。

「私も彼と同じ志を持っていたので、彼の力になりたいと思うようになったんです」

こうして、鈴木さんの微生物農業を手伝う形で、農家の道を歩み始めた工藤さん。2014年には小布施町にも移住し、鈴木さんのもとで農業研修生に。

しかし、2年後の2016年。鈴木さんは持病のガンによりわずか33歳で命を落とします。

「まだ研修中だったのでとにかくショックでした。でも、彼が亡くなったのが、桃の収穫をする当日だったんです。さらにその後には、プルーン、りんごの収穫も迫っていた。喪に服す間もなく、がむしゃらに彼の仕事を引き継ぎましたね」

そうして鈴木さんの思いを継ぐ形で2017年には独立就農。鈴木さんが育てた果樹は今でも工藤さんが愛情を込めて育てています。

先ほど話に出てきた発酵液「Meguru」は鈴木さんが開発したものを生かして、そのまま活用しています。工藤さんが微生物農法にかける想いの強さは、鈴木さんの思いをついでいるからこそ、より一層強いものになっているのかもしれません。

鈴木さんが育ててきた桃の木を今でも大切に継ぎ育てています

「生きている野菜」に触れ、生きている実感をえる

そんな工藤さんも就農してはや7年目。今後の展望について伺ったところ、新たに「はたけごはん」という農業体験企画を始めたといいます。

「実は就農当時から、農業体験をやりたいという気持ちがずっとあったんです。私自身、ずっと畑にかかわらず生きてきましたが、畑って本当に癒されるし、気持ちの良いところ。畑に入ったことがない都会の人に入ってもらい、何か感じ取ってもらったり、暮らしを見つめ直してもらうきっかけにしたかったんです」

畑でとれたて野菜を使った朝ごはんを頬張るみなさん

「そんなとき、たまたま地域おこし協力隊の日髙くんから『農業体験企画を一緒にやりませんか?』と声をかけてもらって」

そうして始まった体験企画。みんなで野菜を収穫し、その後とれたての野菜で作った朝ごはんをその場でつくり、畑のど真ん中で食べるという、五感で畑を感じる体験ができるというもの。企画には、全国から15人弱が参加し、ふだんは目にすることがない「生きている野菜」にみなさん感動。

コンセプトは「小布施の畑で、今年一番丁寧に朝ごはんを五感で味わう」

目玉の朝ごはんは、地元野菜を使った選べるご飯セットが美味しい「cafe ミクニヤ」と、美味しいサンドウィッチが観光客や地元住民にも人気の「カフェド珈茅」という小布施を代表する2店舗が、工藤さんの野菜をふんだんに使って手作りしてくれました。

途中には、焚き火でネギを焼いて食べてみたりも。「トロッとジューシーで美味しい!」という声も聞こえてきました。どれも都会ではできない農村ならではの体験ばかりです。

「やっぱり畑に足を運んでもらえるのは嬉しいですよね。はたけごはん企画も今年もやりたいし、家庭菜園教室も今年もやります。微生物農業に触れる機会をたくさんつくることで、より多くの人に知ってもらえたらいいなと思います」

目に見えない微生物の力を生かして、安心安全で美味しい農作物を育てる工藤さんだからこそ、畑に行かないと見えてこない魅力があるように思えます。

「微生物って目には見えませんが、畑に来れば感じることができるんですよ。堆肥なんかを触ると、微生物の発酵熱でじんわりあたたかくて。電気カーペットみたいな人工熱と違って、穏やかで生きている温かさなんです。ぜひ畑にきて、微生物のあたたかさも感じて欲しいですね」

人工物に満たされた都市で暮らしているとなかなか感じられない、いのちのあたたかさ。

工藤さんの畑にいけば、目に見えないけれどたしかに存在している、無数のいのち、そのつながり、そして自分自身もその一員であることをきっと感じられるでしょう。

工藤さんの「おすすめおぶせ」

工藤さんのおすすめは、「はたけごはん」企画でも協力してくれた「カフェ ド 珈茅(こち)」と「Café ミクニヤ」。
「カフェ ド 珈茅」は、新潟県から移築した立派なかやぶき屋根の古民家が印象的なお店です。「珈茅さんのつくる、サラダやサンドウィッチはぜひ食べて欲しいです」と農家の工藤さんも太鼓判。また、「Café ミクニヤ」は、洋食・和食・アジア料理まで豊富なメニューがそろう、街のご飯やさん。地元野菜もふんだんに使われていて「何を食べても全部おいしいです」と工藤さん。

工藤陽輔(くどうようすけ)さん

1982年静岡県生まれ。化学系の学校を修了後、自動車排ガス浄化用触媒メーカーに勤務。家族の体調不良等もあり、食や農業の大切さに気づく。学生時代の友人がきっかけで、2014年夏に小布施町へ移住。農業研修をスタートし、2017年春に独立就農。現在『OBUSE Meguru Lab.』という屋号で微生物農法をしている。発酵液「Meguru」を製造販売しながら、りんご、桃、プルーン、野菜などを栽培。環境に配慮し、果樹の減農薬化が大きな課題。その傍ら、小学校で伝統野菜小布施丸なすの栽培教室、一般向けに家庭菜園教室なども行い、食や農業の大切さも伝えている。

聞き手&書き手北埜航太

東京都生まれ。PR会社、WEBメディアでの広告企画をへて、2019年に長野県辰野町に移住しました。長野に移住したきっかけは小布施町の社会人研修「OBU−SEEK」。文化度の高さと懐の広さに惚れて以来、小布施町に片想い中。仕事ではおもに「紙面編集」(ライター・編集)と、「関係編集」(関係人口コーディネーター)に挑戦中。