小布施よもやま話

小布施を丸ごとビールの原料に? 「よそもの」と町民が共創する、クラフトビール企画が生まれるまで

観光ガイドにのらない小布施の隠れた魅力を紹介する「小布施よもやま話」。今回は、小布施を舞台にクラフトビールをつくろうという企画について、仕掛人に話を聞きました。

小布施を五感で感じ、魅力をビールで表現する
新しい観光のかたち

「クラフトビールならぬ、“クリ(栗)フトビール”を栗の町・小布施でつくれたら面白いんじゃない?」

そんな妄想から、小布施で始まった前代未聞のプロジェクトがあります。「まちとクラフトビール大作戦」と名付けられたこのプロジェクトは、栗など小布施の風土を原料に、町民と関係人口(※)が共に創る、小布施発のオリジナルクラフトビール醸造企画。コンセプトやラベルデザインだけでなく、ビールの味覚設計まで、文字どおり0から取り組むという、ユニークな企画です。

参加者は20代〜60代と幅広い世代で、経営者からサラリーマン、ビール好きからそうでない人まで、多様なメンバーが県外や町内から15人ほどが参加。約4ヶ月の間に、小布施を五感で感じるフィールドワークや、コンセプト企画、中味レシピづくり、仕込みの現地視察などてんこ盛りのスケジュールで進行中だそう。2022年2月には完成品のお披露目会も行われる予定です。

※関係人口:移住まではしていないが、観光客以上に深く地域と関わりをもって定期的に町を訪れる人々のこと。移住者を指す定住人口や観光客を指す交流人口の間にあたる概念で近年全国の自治体が注目している。

「まちとクラフトビール大作戦」の参加メンバー一同。小布施のりんご農家「ファームR」にて

 

今回のプロジェクトが生まれるきっかけになったのは、小布施に住んでいなくてもオンライン上でまちづくりに関われるという、「小布施バーチャル町民会議(OVC)」から。OVCは2021年2月に始まった町役場発の取り組みで、そこから約8ヶ月間もの構想期間を経て、ついに2021年10月からプロジェクトはスタートしました。

発起人は、キリンビールに勤める平田憲太朗さん。2017年から小布施町の関係人口として定期的に町に通い続けていて、小布施では「ひらけん」という愛称で親しまれています。取材を行った12月下旬は、すでにビールの中味も決まり、1月には実際に仕込みが始まる段階だそう。

「今年の年末年始はひたすらビールに使う栗の皮をみんなで剥きまくる予定ですよ! 今回は、小布施の栗からビールを作るんですけど、ビールのすごいところは、いろんな材料を許容できるところなんです。日本酒やワインなら、栗を原材料にはできませんけど、ビールならそれができちゃうんです」

プロジェクトへの思いとビールの素晴らしさを楽しそうに話してくれる平田さん。話を聞いているだけでも盛り上がっている様子が伝わってきます。

クラフトビールに入れる栗の皮をメンバーで手分けして剥いていきます

観光客から「関係人口」へ。ビールづくりを通して町の魅力に酔いしれる

そんな「まちとクラフトビール大作戦」、具体的にはどんな点が参加者の心を掴んでいるのでしょうか?

「やっぱり食味まで自分たちオリジナルで0から企画できる体験は、他ではなかなかできないと思います。そのために、蒲生(がもう)といううちの会社の醸造家を仲間に引き入れたくらいです。参加者の皆さんと醸造家が対話を重ねて味を決めていきました」

たしかに、プロの醸造家と関わり合いながらビールづくりができるだけでも贅沢な体験。

さらに好評だったのが、小布施の風土を五感で感じる現地フィールドワーク。このワークを通して、美味しいビールを手作りする以上の価値が見えてきたと平田さんはいいます。

「普通の観光では感じられないディープな小布施を体験できるのが、今回のプロジェクトならではの魅力だと思いますね。現地フィールドワークでは、農家さんからこだわりを直接伺ったり、小布施の美しい町並みの歴史背景を地域の人から学んだり、元町長のお宅にお邪魔したり、普通の観光では体験できないような生でディープな小布施をたくさん体感してもらいました」

200年以上の歴史をもつ「穀平味噌醸造場」もフィールドワークで見学しました

そういった体験をした参加者からは、「プロジェクト以外の時間も小布施のことばかり考えている」「町のファンになった」という声も出ているとか。たった2回しか現地に行かないにもかかわらず、土地への愛着が育まれていることに驚きを感じます。

「やっぱり誰かに語りたくなる、小布施の物語に触れられたから小布施を好きになってくれたんだと思いますね」

そして、プロジェクトを通じて醸成された小布施愛は、ついには参加者のみなさんの「立場」をも変え始めているといいます。

「参加者の皆さんは最初、お客さんという立場で参加しているのに、プロジェクトを通じて“どうしたら小布施の良さが伝わるかな”って、いつの間にかこれから小布施に来るお客さんのことを考えてくれるようになっていて。その変容には驚いたし嬉しかったですね」

小布施を好きになるにとどまらず、小布施を自分ごとに捉えて、おもてなしを受ける側である観光客が、おもてなしする側に変容していく。ただの観光地だった小布施が特別なものになっていく。ビールづくりには不思議な力があるようです。

現地フィールドワークの様子

「最初はビールと関係ないことがしたかった」

ここまでの満足度を生み出す企画には、並々ならぬ準備があったはず。それなのに平田さんは、このプロジェクトは仕事とは別のボランティアで取り組んでいるといいます。なぜ忙しい本業の合間をぬってまで、小布施町でビール醸造企画を始めたのでしょうか。

「最初はまったくビール企画なんて考えていませんでした。むしろ自分の仕事と関係のないことを小布施ではやりたかったんです。ビール会社ではあるけれどビールを使って町おこしをすることが簡単ではないことは自分自身が一番分かっていましたから」

新卒でキリンビールに入社した平田さん。仙台、岩手、大阪と全国の地方転勤を経験し、各地の個性を肌で感じる中、地域の過疎化を知り、いつか地域と関わって何かしたいという漠然とした思いを抱いてきました。そして小布施町に関わりはじめた2017年から、新規事業を立ち上げる構想を小布施で描き始めてはいたものの、ビールを生かすということは半ば諦めていたのだといいます。

「だから最初の方は町内に古民家を借りてシェアハウスを始めたり、電動キックボードを使って町の魅力を満喫できる周遊観光プランを考えていました。でも本格的に小布施で何かしたいという思いが高まって…」

そんなときに、小布施バーチャル町民会議の存在を地域おこし協力隊の日髙健さんから聞き、二つ返事で参加を決意。そして冒頭の「クリフトビール」のアイデアがこの会議から生まれました。

第1回小布施バーチャル町民会議の様子

やりたいことを「やるしかなくなる」。チャレンジを応援する小布施の風土

一度は諦めかけたビール企画を、小布施でやろうという気持ちに変わったのはなぜだったのでしょうか? そこには小布施ならではの挑戦を応援する風土があったといいます。

「会社にいると言い訳ができちゃうんですよね。やりたいことができないのは予算や権限がないからだとかって。でも、小布施で“こんなことやりたい”というと、“やりたいならやればいいじゃん!”って、実現するために必要なリソースをどんどん集めてくれるんです。町長へのプレゼン機会を設定してくれて、観光庁から予算まで取ってきてくれて。そしたらもう“やるしかない”ってなる。ポジティブに追い詰められるんです(笑)」

できる環境をひたすら与え続けられることで、諦めかけていたビール企画も本当にやれるかもしれないという希望に変わっていき、そしていま、あのときの“妄想”は現実のものになっています。

「いま思えば、自分自身で制約を作っていたんだと思います。本当にやりたいなら、ただやるだけ。そのことに小布施町は気づかせてくれました」

プロジェクトは2月の発表会を経て一旦は終了を迎えます。しかし、平田さんは今後もこの取り組みを発展継続させていくために、すでに次の展開を見据えています。

「このプロジェクトが終わったとき、何が地域に残っているか。それこそが本当の価値だと思います。外の人が地域に関わるきっかけにはなれているので、地域に住む人たちにもどんな貢献ができるのかをこれからは考えていきたいですね。その上で他地域への展開も検討したいです」

平田さんが、「まちとクラフトビール大作戦」を始めるきっかけになったOVCは今年も第2回目をスタート予定。

「気になっていることは全てやりたいことだと思います。気になったら申し込んだ方がいい」と、平田さんは次の参加者の背中を押します。

自分の中であたためている思い。できるかできないかは傍において、まずは出してみよう。たとえ小さな火でも、それが確かなものなら、そしてここ小布施なら、大きな火に育てていける可能性があるかもしれないーー。
そんな希望を小布施町から感じる、私自身も勇気づけられる取材になりました。

平田さんの「おすすめおぶせ」

平田さんのお気に入りは、仲間と借りている古民家シェアハウスの近くにある「そば処つくし」。「一つ一つのメニューがボリューミーでどれもビールによく合います。特にナス餃子とビールの相性が抜群。ビールはもちろんキリンの生です(笑)」。
大人数でワイワイ食べて飲んでというグループ利用がおすすめだそう。〆には、喉越しさわやかな手打ちそばも忘れずに。

平田憲太朗さん

キリンビール株式会社に勤務する、自称「野生酵母」。小布施にある古民家『小栗八平衛商店』を仲間と一緒に運営。熱量高めで各種WSや対話の場づくりが得意。「まちとクラフトビール大作戦」の言い出しっぺ兼全体統括。2017年から小布施町をフィールドにアイデアを形にする「小布施インキュベーションキャンプ」に参加し、以来小布施との関わりを深めている。

聞き手&書き手北埜航太

東京都生まれ。PR会社、WEBメディアでの広告企画をへて、2019年に長野県辰野町に移住しました。長野に移住したきっかけは小布施町の社会人研修「OBU−SEEK」。文化度の高さと懐の広さに惚れて以来、小布施町に片想い中。仕事ではおもに「紙面編集」(ライター・編集)と、「関係編集」(関係人口コーディネーター)に挑戦中。